2021-11-21

洛中洛外図舟木本に描かれた、二つの髪結床

 京の洛中洛外をテーマにした絵画は多くあります。なかでも「洛中洛外図舟木本」(*)に髪結が描かれています。しかも2か所に登場します。

2021-11-19

石川伊三郎、小笠原熊五郎、玉床が大阪の西洋理髪の先駆者

 西洋理髪を日本で最初に行った日本人として、小倉虎吉、原徳之助、松本定吉、竹原五郎吉の4人が知られています。

2021-11-15

維新後、閑古鳥が鳴いた江戸・東京の女髪結

 江戸の女髪結は、江戸中期に上方歌舞伎の女形付きかつら師にその技を伝授されたことにはじまる、とされています。遊女や茶屋女を相手に髪を結っていましたが、江戸後期には町人の妻女らの髪も結うようになりました。女性は自ら髪を結うのが習いでしたので、すべての女性が女髪結に結ってもらったわけではありませんが、なかには不器用で、思うように結えない女性もいたようです。

2021-11-09

2021-11-08

大日本理髪師名鑑 には2割ほどの理髪師を掲載

 大正2年に発刊された『大日本理髪師名鑑』には1万5千人を超える理髪師の名前が掲載されています。

理髪師名鑑に半数以上が女性 奈良、三重県津市

 『大日本理髪師名鑑』が発行された大正2年のころ、理髪師の大半は男性でした。女性理髪師はいないわけではありませんが、大変珍しい存在で、女理髪師とか女床と呼ばれ、地方新聞の記事に載るくらいでした。

2021-11-03

横濱山下町の理髪師の三分の一は清国人だった

 大正2年に発刊された『大日本理髪師名鑑』をみると、外国人居留地があった横濱市山下町には清国人と思われる名前があります。

2021-11-02

ドクター・W・キャンブル

ドクター・W・キャンブルという名前を聞いて、芝山兼太郎さんを思い浮かべる業界人は、美容業界の歴史に精通した人だと思います。

薙髪(ちはつ)

 「薙髪」は「ちはつ」といいます。『広辞苑』に掲載されている言葉ですが、令和のいま使う人は一部の僧侶ぐらいで、一般の人はまず使いません。