しながわデジタルアーカイブ
東海道一番目の宿場である品川宿の一つ徒歩新宿(かちしんしゅく)は、髪結床が自身番を兼ねる髪結床番屋だったことを前回紹介しました。
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髪結床と一口にいっても場所によって、いろいろな形態があります。東海道一番目の宿場である品川宿では髪結床が自身番を兼ねていました。髪結床番屋といいます。そこに勤める髪結を床番人と称します。
『一銭職分由緒書』(一銭職由緒書ともいう)は、理美容業の祖といわれる藤原采女亮政之(ふじわらうねめのすけまさゆき)が鎌倉時代に髪結職(一銭職)をはじめた経緯から、戦国時代になって采女亮から17代目の北小路藤七郎が武田軍から敗走する徳川家康が天竜川を渡る手助けをし、褒美として銀銭一銭を賜り一銭職と呼ばれるようになった経緯を記した書です。
明治の文筆家、塚原渋柿園の講演録である『幕末の江戸風俗』(岩波文庫)によると、徳川幕府の武士は幕末は講武所風の髷が流行ったことが再三記されていますが、開幕当初は三河奴の髷が流行ったと言っています。
今年の夏も、容赦ない酷暑でした。 体温が上がれば、体は必死に熱を逃がそうとします。皮膚へと流れる血液量が増える一方で、脳へ届く血液は減り、自律神経に多大な負荷がかかります。結果として集中力や判断力が低下し、やがて「のぼせ」という不調に繋がります。