安政から文久にかけての幕末期に活躍した歌川広景の代表作の一つに、「江戸名所道戯尽」があります。このシリーズには髪結床を描いた錦絵も含まれています。
「江戸名所道戯尽」は、江戸の名所を背景に、そこで暮らす人々の日常や「ついやってしまった」失敗をコミカルに描いた大判錦絵です。
髪結床が登場するのは、全50作(51作とする説もあります)のうち四十五番「赤坂の景」です。剃刀を握った髪結、受盆(受盥)を手にしながら頭の異変に気づいた客、文句を言う客に思わず身を引く髪結の姿が描かれています。客の頭が青々としているようすから、想定以上に髪を剃ってしまったのでしょう。あるいは受盆に乗っているのが髪の毛だとすれば、髷を誤って剃り落としてしまったのかもしれません。右側の二人が客の頭を指さして笑っている様子も印象的です。
この絵から、幕末の髪結床の雰囲気がよく伝わってきます。棚には道具と思われる品々が置かれ、窓際の器には剃髪用の湯が入っていた可能性があります。棚上に吊られた鋏は握り鋏で、元結の紐を切るためのものと思われます。髪結の技法は親方によって異なり、開閉鋏を使う髪結もいれば、髪は開閉鋏、元結は握り鋏と使い分ける場合もありました。
壁にはさまざまな広告が貼られています。薬種の広告から、書籍や寄席、歌舞伎の演目まで実に多彩です。髪結床は江戸庶民の集いの場であり、広告効果の高いスペースだったこともうかがえます。窓からは江戸城のお堀が見え、そんな立地にあった髪結床を活写したのがこの錦絵です。

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