2026-01-17

「毛」の地名と名字が語る日本の風土

 「毛」は現在、頭毛や体毛を指す言葉として使われていますが、古代にはそれらとは別に、「穀物」や「草木」「木々」が豊かに実る肥沃で豊穣な土地を意味したという説があります。

また、植物の細い穂先を指したともいわれ、こうした意味をもつ地名が各地に残っています。


現代では「ケ」と発音しますが、母音が七音あったとされる古代には、現在とは異なる発音であった可能性も指摘されています。


現在の群馬県と栃木県の一部を含む地域は、古代には「毛野国(けぬのくに)」と呼ばれ、豊かな農耕地帯だったとされています。いまも「上毛」という地名が残っています。都に近い地域を「上」、遠い地域を「下」とする命名は全国的に見られ、かつては上毛野国に対して下毛野国がありました。現代では「下野(しもつけ)」と表記されることが多いものの、「下毛」と書く例もあります。


「毛」の付く地名は各地に点在しています。たとえば、毛呂山(もろやま、埼玉県入間郡)、羽毛(うげ、埼玉県加須市)、稲毛(いなげ、千葉市美浜区)、毛馬(けま、大阪市都島区)、鹿毛(かげ、福岡県久留米市)、毛里田(もりた、群馬県太田市)、野毛(のげ、東京都世田谷区・横浜市)、南毛利(なんもうり、神奈川県厚木市)、不破一色毛(ふわいしきけ、岐阜県羽島市)などが挙げられます。


稲毛や野毛は、稲やススキの穂先が一面に広がる景観に由来するとされます。羽毛は湿地帯に生い茂る植物の様子を表した地名という説があります。


また、「毛無山」と名付けられた山は各地に存在しますが、これは体毛とは無関係で、「木無し(きなし)」が転じたという説と、「木成し(きなし)」が語源とする正反対の説があります。いずれも山頂部の植生に由来すると考えられています。


長野県野沢温泉村、小樽市、そして山梨県と静岡県の県境にも毛無山があります。とくに山梨・静岡の毛無山は日本二百名山の一つで、富士山の眺望が優れた山として知られています。


これに対し、北海道には「増毛町(ましけちょう)」がありますが、こちらはアイヌ語の「マシュケ(mashke)」または「マシュキニ(mashukini)」(=カモメの多いところ)が語源で、音を漢字に当てた地名です。


「毛」の付く名字も多く、地名由来と考えられる毛呂・稲毛・羽毛のほか、毛塚・赤毛・三毛など個性的な名字も実在します。


とくに有名なのが戦国武将・毛利元就です。神奈川県厚木市の南毛利に由来する名字とされ、古代・中世にはこの一帯が「毛利荘」と呼ばれていました。鎌倉幕府の重臣・大江広元がこの地を与えられ、その四男・季光が毛利荘を継いで毛利を名乗ったのが毛利氏の始まりとされています。その子孫が安芸国(現在の広島県)に移り、毛利元就へとつながります。


現在、厚木市に残るのは「南毛利」の地名のみですが、かつての毛利荘は広大で、明治期の町村合併の際に南側であることを示すため「南毛利村」と名付けられました。昭和期に誕生した「毛利台(もうりだい)」は、歴史的縁を意識した新しい地名です。


厚木市周辺は昭和30年代頃まで林業や木材加工が盛んで、豊かな森林に恵まれていました。こうした自然環境も、「毛利」という地名の背景にあった可能性があります。


「毛」にまつわる地名・人名は全国に広く分布しており、歴史・自然・言語が重なり合った興味深い文化遺産といえます。

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「毛」の地名と名字が語る日本の風土

 「毛」は現在、頭毛や体毛を指す言葉として使われていますが、古代にはそれらとは別に、「穀物」や「草木」「木々」が豊かに実る肥沃で豊穣な土地を意味したという説があります。