2022-07-03

おちゃない の裏技とは

 「おちゃない」は、『広辞苑』に「かもじを作るため落髪を買い歩く者。「おちゃないか」の呼び声から名づけられた。落買(おちかい)」とあります。

元禄3年(1690)上方で出版された『人倫訓蒙図彙』(じんりんきんもうずい)に、

「…女のかしらに袋をいただき、髪の落をかい、かもじにして売り買い、世渡るわざとす…」

と女の職業として紹介されています(左)。江戸時代前期には、女のかもじ売りを、その呼び声から「おちゃない」と称したようです。「おちゃない」とは「おちてないか?」です。


かもじそのものは古くからあります。

平安時代後期の作といわれる『源氏物語』末摘花の巻に

「わが御髪の落ちたりけるを取り集めて鬘(かづら)にしたまへるが九尺余ばかりにて…」の一文があり、宮中の女官は抜け落ちた髪を拾い集めて、鬘(かづら)にしていたのがうかがえます。九尺余というと約2.7メートル、かもじを何枚か継ぎ足し、地毛と合わせてこの長さにしたのでしょう。


平安時代は長い黒髪が理想でしたが、地毛の短い女官もいました。そんな女官にとって、かもじは必需品でした。


室町時代になると、荘園を失い経済的に困窮した宮廷に仕える女官たちは、長い髪では普段の生活に不自由なので髪を短くして、行事のあるときにかもじを付けて臨みました。

かもじという言葉はこのころ生まれた言葉です。


かもじの需要が増えた室町時代後期には、京都郊外に「おちゃない」がいて、拾い集めた髪でかもじを作っていました。当時は「鬘捻」(かづらひねり)とも呼んでいたようです。いづれも女の職人です。


江戸時代初期には、出雲阿国によって男の丁髷をまねた髷髪が登場しましたが、庶民が髷を結うようになるのは17世紀後半ぐらいからです。『人倫訓蒙図彙』に女の職業として採録されるくらいですから、かなり盛業していたのがうかがえます。


「おちゃないか」と掛け声をかけながら、家々で拾いあつめた髪を買って歩いたのが「おちゃない」です。

髪は自然に抜け落ちますが、それを拾い集めるのは大変です。売るには一束ぐらい集める必要があったはずです。なかにはお金のために自分の髪を切って売った女性もいたかもしれません。

江戸時代後期になると、女髪結が盛んになり、女髪結が梳き髪するとに抜けた客の髪を蓄えて「おちゃない」に売ることもありました。梳き手は女髪結の弟子がする仕事で、小遣い稼ぎになったかもしれませんが、師匠の女髪結の懐に入ったかもしれません。


「おちゃない」は、家々を声を掛けながら歩いて、かもじの材料となる髪を集め、集めた髪を梳き整え、長さを揃えてかもじに仕上げる、地味な仕事でした。おそらく多くの「おちゃない」は地道に仕事をしてはずですが、なかには落髪集めに裏技を使う「おちゃない」がいたようです。


お寺の住職と通じて、無縁仏の遺体を埋葬する前に髪を切り落とすこともあった。さらには土葬された遺体を掘り起こして、髪をとる行為をすることもあった。髪のケラチンは土葬してもしばらくは腐敗消滅しないからです。


寺々へ五節句遣う入髪や

世渡り凄き髪の落買


これらの川柳は、江戸時代後期のころになって詠まれたものです。

毛を集めるためにお寺には五節句(*)に欠かさず付け届けをしていた入髪屋(かもじ屋)を詠んだ川柳です。これから尼になる女性が剃り落した髪を入手することもあったかもしれませんが、やはり安定して入手できる埋葬前の死体の髪を得るために、付け届けをしていたようです。


いまの感覚からすると、グロテスクで不気味なイメージです。江戸のむかしも「凄き」(すさまじき)行為だったのしょう。

ただ江戸のむかしと今とでは死体観はまったく違います。死んでしまえば物扱いしても平気だったようです。この死体観は武士が興った鎌倉時代から続いていた感覚なのかもしれません。


ちなみに、江戸時代中期(18世紀なかごろ)に、かもじ屋から、かつら屋が分かれたといわれてますが、かつらは野郎歌舞伎と関係が深いので、17世紀末には分化したとしてもおかしくありません。かつら師は男性が多い。


また江戸時代のかもじ屋が作るのは、平安時代から続く付け髪だけでなく、髷の中に入れて形を整えるための入れ髪も扱っていました。入れ髪には日本髪には不向きな縮れ毛が最適でした。


【関連記事】「かもじの語源は、宮中の女房詞」

https://kamiyoroku.blogspot.com/2022/04/blog-post_17.html


*五節句=人日(じんじつ)(=一月七日)、上巳(じょうし)(=三月三日)、端午(たんご)(=五月五日)、七夕(しちせき)(=七月七日)、重陽(ちょうよう)(=九月九日)。


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