むかしから「髪」は「神」に通ずるといわれています。いにしえの人々は、髪の毛に霊力を感じ取っていたのでしょう。
人は亡くなって呼吸をしなくなっても、しばらくの間は髪の毛が伸び続けます。遺骸となった後も髪の毛は頭蓋骨に貼り付いて残ります。こうした姿を目にした古代の人々は、髪の毛に畏敬の念を抱いたのかもしれません。そして、頭髪を梳かす櫛や髪飾りにも霊力が宿ると考えたのでしょう。
我が国最古の書物とされる『古事記』(和銅五年・712年)にも、髪や櫛が神聖視される場面が描かれています。『古事記』は上・中・下の三巻に分かれ、中巻と下巻には天皇の系譜や出来事が記され、上巻には天地創造をはじめとする神話が描かれています。
黄泉国の物語では、妻・伊耶那美命(イザナミノミコト)に会うために黄泉国へ行った伊耶那岐命(イザナギノミコト)が、爪櫛の歯を折って火をともして中を覗くと、醜い姿に変わったイザナミを見てしまい、恐れて逃げ出します。その後、イザナギは黒い髪飾りを投げて山ぶどうの実を生じさせたり、爪櫛の歯を折って竹を生やしたりして、追ってくる黄泉国の醜女をまきました。最後は千引の石で入口を塞ぎ、現世へ戻ることに成功します。
また、恨んだイザナミが「一日に千人を殺す」と言うと、イザナギは「一日に千五百の産屋を建てる」と応じ、日本の繁栄を祈念するやり取りが描かれています。
さらに「八俣のおろち退治」の神話では、速須佐之男命(スサノオノミコト)が櫛名田比売(クシナダヒメ)を救う際、彼女を爪櫛に変えて自分の髪に挿して守りました。このことからも、櫛が特別な意味を持っていたことがうかがえます。
他にも、天照大御神(アマテラスオオミカミ)がスサノオの乱暴に備えて髪を解き、角髪(みずら)に結い直して身を飾ったという記述もあります。角髪には身分や目的によって結い方に違いがあり、戦闘に備える意味もあったと考えられています。
このように、神話の世界でも髪や櫛、髪飾りは重要な役割を担っています。それは「髪」が「神」に通じるものと信じられてきた証でもあるのです。
*爪櫛は一般的には歯の細かい櫛ですが、神話では「湯津爪櫛(ゆつづまぐし)」に由来し、神聖で清浄な櫛をさします。
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