2025-05-11

隣は湯屋、職人二人 | 『浮世床』で三馬が描く髪結床

 『浮世床』は、床主の鬢五郎(びんごろう)と弟子の留吉が働く髪結床を舞台にした作品です。

ご隠居や旦那、裏店住まいのさまざまな客が入れ替わり訪れ、小気味よくテンポの良い会話を通じて物語が展開していきます。登場するのはいずれも個性豊かで、どこか風変わりな人々ばかりです。


鬢五郎の腕は良く、流行の髷を結っていたのでしょう。通人気取りの客も多く訪れ、店は大繁盛しています。なかには順番をとりに来る旦那の小僧や、櫛売りの商人、いまで言えば美容ディーラーにあたる営業マンまでやってきて、店は賑わいを見せます。


作中の髪結床の場所は、著者・式亭三馬が暮らしていた日本橋界隈の設定と推察されます。


江戸の町を紹介するガイドブックには、髪結床は「三人立ち」、つまり師匠と職人、そして弟子の三人で切り盛りするのが普通だと記されています。しかし、『浮世床』では師匠と弟子の二人です。「三人立ち=標準」というイメージには例外も多かったことがうかがえます。なかには複数の職人を雇う大きな床もあり、店での仕事だけでなく、得意先への出張髪結を行うこともあったようです。


また、『浮世床』では隣が湯屋(銭湯)という設定で、ご隠居が朝一番にやってきて、まだ寝ていた鬢五郎を叩き起こし、準備が整う前に湯屋に向かうという描写があります。


一部のガイドブックでは、髪結床と湯屋は隣接して「ワンセット」になっていたと紹介されています。これは、床屋株と湯屋株が「一町一株制」に基づいていたことを踏まえた記述と思われます。ただし、すべての町に髪結床や湯屋があったわけではありません。片町など住人の少ないエリアでは、どちらの施設も存在しないことが多く、特に湯屋は髪結床よりも数が少なかったとされています。


とはいえ、人口の多い日本橋界隈では、『浮世床』のように湯屋と髪結床が隣接していた可能性は高いと考えられます。どちらの営業も朝早くから始まっており、当時の生活様式を反映していることがうかがえます。いまの銭湯は午後3〜4時ごろから、理美容室は午前10時ごろの開店が主流ですが、江戸時代はまったく異なる時間帯で賑わっていたのです。三馬による実見が活かされた描写といえるでしょう。


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