2022-05-07

女髪結は幕末、明治、大正、昭和初期に活躍

 『ビゴーが見た明治職業事情』(講談社学術文庫)には、江戸時代には禁止され明治になって公許された女髪結の仕事風景が載っています。



女髪結は、江戸時代中ごろ誕生した仕事です。当初は遊女らを客にしてましたが、後には富裕な女性も結ってもらうようになりました。女髪結が増え結賃が下がると商家や一般の女性へと広がります。


ところが、女髪結は奢侈を禁じる幕府によって、寛政の改革では転業を指導され、天保の改革では実際に捕追され刑に処されています。天保の改革が頓挫してからは女髪結は増え、女髪結に結ってもらう女性が増えました。明治維新で男性は髷からザンギリへと洋風化しましたが、女性は対象外で、女性は明治になっても、服装、化粧、髪型は江戸時代のままでした。


日本髪、後の束髪を含めた女性の和髪が興隆を極めたのは、幕末から明治、大正、昭和の初期にかけてでです。女髪結は明治になって政府から公許され、急増します。増えると結い賃が下がり、安価で結えるようになると客が増えます。


結賃が下がることは、利用客の拡大につながりますが、下がりすぎると女髪結の収入は減ります。明治12年には東京府内の女髪結は約5千人(東京府勧業課)になり、既存の女髪結は東京府に女髪結の組合結成願書と女髪結の取締りの願書をだしています。願書の結果は不明ですが、おそらくその後も同様の願書や料金の協定をしていることから、願書通りにはいかなかったと思われます。


『ビゴーが見た明治職業事情』で著者の清水勲さんは、ビゴーの絵にそえて、明治期の職業事情を紹介していますが、当時の新聞の引用が多くあり、これが当時の事情を知る上で参考になります。女髪結の絵の解説で清水さんは、同時代に発行された『朝野新聞』と『東京日日新聞』から、京都と東京の女髪結に関する記事を引いています。


『朝野新聞』(明治18年8月19日号)からは、京都の女髪結の結賃問題を

「上下両区内にある女髪結は五百名以上なるが、何れも髪結賃の一定せずして上等は八銭、下等は三銭にてありしが、今度仲間組合を立て、其結賃を一定せしむと協議中の由」


『東京日日新聞』(同年9月4日号)からは、髪結技術の習得について

「京橋区近傍の女髪結連は、山手辺に後れを取ては遺憾なりと、此のほど廿(二十)名ばかり申合せ、束髪稽古の方法を議題として一場の会議を開きしよし」

清水さんは、束髪について簡単に解説しています。(以上、『ビゴーが見た明治職業事情』より)


髪結の結賃は差があったのは京都だけではありません。上等、下等と区分しているようですが、髪結の技量によって差があるのなら仕方ありませんが、料金の差については、その理由は判然としません。技量が変わらないのに差があっては、客も納得できないでしょう。ちなみに同年に京都では理髪組合が結成され、組合員数は800余名でした。理髪の組合に刺激されて、女髪結も組合を結成し協定料金を結ぼうとしたようです。


上等八銭、下等三銭というのは、明治15年ごろの貨幣価値と大きくは変わらないと思います。「刈込料8銭は、いまなら4800円ほど」の記事に沿えば、上等4800円、下等2000円ほどになります。京都の女髪結の組合ではいくらに決まったのかはわかりません。


東京・京橋区近傍の女髪結連の20名ほどが束髪稽古を議題に会議を開いた背景には、「婦人束髪会」(*)の影響があります。婦人束髪会は従来の日本髪を不衛生、不経済、窮屈で苦痛だとして糾弾するととともに、それに代わる髪型として自分でできる束髪を提案しました。婦人束髪会は当時のメディア(女性向け雑誌など)で持論を論じたり、各地で講演会を開いて、束髪会の主張を浸透させました。京橋の女髪結連は、新たに登場した束髪の新技術を稽古しなければ時勢から取り残されると危惧したようです。


束髪はその後、庇髪や二〇三高地などいろいろなデザインの髪型が登場して戦後まで続きます。束髪は日本髪を簡便にした髪型であることは確かで、セルフでもできるのですが、女髪結に結ってもらったほうが完成度が高く美しく仕上がります。婦人束髪会の主張は広く浸透しましたが、和髪のデザインが増えただけで女髪結の仕事は変わりませんでした。


明治維新で、男性の髪はザンギリになり、髪結から理髪へと変わりましたが、女性の髪は江戸時代のままでした。女髪結が美容師へと変わるのは、日中戦争から太平洋戦争のいわゆる15年戦争をはさんでのことになります。


ところでビゴーさんが描いた女髪結の絵は『クロッキ・ジャポネ』(明治19年刊)に収録されています。明治18年ごろ描いたらしい。絵は髪梳きをしている女髪結ですが、日本髪なのか束髪なのかはわかりません。女髪結は客宅に赴き、結うのが一般的でした。


【関連記事】

刈込料8銭は、いまなら4800円ほど

https://kamiyoroku.blogspot.com/2022/05/blog-post.html


「婦人束髪会を起す主旨」を読む(pdf)

http://www.beauty-medix.com/pdf/ac_shushi_kaisetsu.pdf


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