ヒトは「裸のサル」と呼ばれることがあります。体を覆うゴワゴワした硬い毛を失い、産毛のような柔らかい体毛になったためです。
進化の過程で硬毛から軟毛へと変化しましたが、その理由については諸説あります。ヒトがサルやチンパンジーと異なるのは二足歩行を行う点です。二足歩行によって大きな頭を支えられるようになり、類人猿より知能が発達しました。その結果、言語を獲得し、火を使うことも可能になっていきました。
しかし、脳は熱に弱く、ヒトはおよそ37度に保つ必要があります。高温状態が続くと脳に障害が生じるといわれています。二足歩行をするようになると、ヒトは汗腺(エクリン腺)を発達させ、汗をかき、水分の蒸発によって体温を下げるようになりました。このとき、密集した硬毛は汗の蒸発を妨げます。そこで、肌を覆う硬毛から、通気性の良い産毛のような軟毛へと変化したという説が有力です。
皮膚は体内を守る保護組織であると同時に、外界を察知する感覚組織でもあります。皮膚から目や耳、鼻、味蕾などが発達し、硬毛を失っても皮膚には触覚や温覚が残っています。
前述の説は、100万〜300万年前に起きた進化だとされます(幅が大きいのは、それだけ難しいテーマだからかもしれません)。現生人類の祖先の話です。
ヒトが汗腺を持ち、体毛を軟毛化させたことで、長距離走行が可能になり、多くの哺乳類を狩れるようになりました。瞬発力では虎や豹に劣り、かつては狩られる側でもあったヒトは、集団で狩りを行い、獲物の足跡を追いながら仕留めるようになります。
なお、体毛が薄くなった理由には諸説ありますが、なかにはユニークな説もあります。ヒトの雄が硬毛の濃い雌よりも薄い雌を好み、世代を重ねるなかで徐々に体毛が薄くなったという説です。魅力的ではありますが、現在では支持する学者は多くありません。これは進化論で知られるチャールズ・ダーウィンが19世紀に唱えた説です。
体毛が軟毛化したとはいえ、頭髪、眉毛、まつ毛、陰毛など一部は硬毛のまま残っています。なぜ残ったのかは発生学的に興味深いテーマですが、ここでは割愛します。
ヒトが汗腺を得て体温を下げられるようになったことは、脳を守り持久力を高めるうえで決定的でした。しかし、硬毛のまま残った頭髪は問題も抱えています。戦乱の時代、武士は兜を着用して戦いましたが、頭部が蒸れて意識がもうろうとすることがありました。それを避けるため、武士は頭部の毛を抜いたり剃ったりして体温を下げたとされます。武士の月代には合理的な理由があったのです。
日本の武士は鎧兜を装着して戦いましたが、西洋の騎士も重装備でした。それでも、騎士が頭を剃ったという話は聞きません。戦う前にのぼせてしまう騎士はいなかったのか、不思議でもあります。
日本では月代が武士の象徴となり、戦国末期の武将図を見ると、大月代にザンバラ髪の家臣が多く描かれています。江戸時代になると世の中は平和になりますが、大月代は武威の象徴として侠客や町奴の間でも支持されました。
毛は科学の視点からも文化の視点からも、興味深いテーマといえます。


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