2023-03-27

束髪改良

 明治18年に婦人束髪会によって、日本髪に代わる髪型として束髪が提唱され、その後の女性の髪型に影響を与えました。

日本髪が、不便窮屈、不潔汚濁であり、さらに不経済であるとして、提唱されたのが束髪でした。この主張は一理あり、日本髪にとって代わるまでには至らなかったものの、流行しました。

束髪と日本髪の違いは、日本髪の前髪、左右の鬢、後ろのタボを一つにまとめたり簡略化したのが一番の違いです。日本髪の簡略型ともいえます。

不便窮屈、不潔汚濁については幾分改良されましたが、やはり女髪結に委ねた方が美しく仕上がることから不経済の面では、効果があったとはいえませんでした。


日本髪の改良として登場した束髪ですが、数年後には早くも束髪の改良が求められています。当時、改良ブームが起こっていたのが、『明治事物起源』からわかります。『明治事物起源』は『団々珍聞』明治21年1月発行号を引いて当時の「改良」のやり玉にあがった事象を紹介しています。見出しは「改良の流行」です。

この中に婦人束髪会が提唱した束髪(*)を改良するよう求めています。

束髪改良のほかに、いまの生活衛生業関係では、湯屋改良、旅舎改良、妓楼改良、演劇改良などが見られます。そのほか文字改良、学校改良、新聞改良、条例改良、会社改良、薬局改良、官吏改良、公園改良、市区改良、婦人改良、風俗改良などなど。『明治事物起源』はこれ以外にも枚挙にいとまないくらい改良があったと記述しています。


明治20年前後は、江戸の文化から洋風文化への過渡期であり、取り入れた洋風の事物に対してさらに進化を求めた時代だったのかもしれません。


(*)婦人束髪会が提唱した束髪=西洋上げ巻き、西洋下げ巻き、英吉利(イギリス)結び、まがれいと


<参考>

婦人束髪会を起す主旨

http://www.beauty-medix.com/pdf/ac_sokuhatsukai.pdf




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