2023-02-23

警保局衛生部衛生課

 厚生省が創設されたのは昭和13年(1938)です。内務省の衛生局を中心に組織されました。

厚生省の創設は、戦時色がより強まってきた当時の時代背景があり、陸軍など軍部による意向が強く働いてのことです。頑強な兵隊は、健康な母体から生まれる、という発想があったといわれています。すでに兵隊の損耗がすすんでいたと推測できます。


衛生局の上部組織である内務省は、昭和10年(1935)当時、衛生局のほか地方局、警保局、神社局、計画局などで組織されていました。このほか外局として社会局がありました。明治7年(1874)に創設された内務省は、司法、文部、財務以外の内政を司る巨大官庁でしたが徐々にスリム化されています。


理容業美容業は、いまは厚生労働省の所管となっていますが、厚生省が設立された昭和13年当時は内務省警保局が所管していました。理容業美容業が厚生省の所管になるのは戦後、内務省が解体されてからのことになります。それまでは一貫して内務省警保局が所管していました。


警保局は警察のことです。警察といってもいまの警察とは違います。いまの警察は司法警察で犯人の検挙や犯罪防止、交通整理などに専念していますが、戦前の警察は司法警察のほかに行政警察も担っていました。


昭和10年当時の警保局の組織をみると、次のようになります。

総監官房:情報課、会計課、文書課

警務部:警務課、警衛課、特別警備隊

特別高等警察部:外事課、労働課、特別高等課、内鮮課、検閲課、調停課

刑事部:捜査第一課、捜査第二課、庶務課、鑑識課、家出人収容所

保安部:健康保険課、工場課、交通課、保安課、建築課

衛生部:獣医課、防疫課、医務課、衛生検査所、衛生課

消防部:監察課、消防課


内務省内に衛生局があり、警保局にも衛生部があります。二重行政のように思えますが、衛生局は高度で専門的な医務や薬事、防疫、公衆衛生などの業務を、警保局衛生部は庶民の生活に密着した業務を担当してたようです。例えば、衛生部では地域の巡査が主導して、町内一斉の大掃除をしていました。この一斉大掃除はノミやダニの害虫駆除に効果的だったといいます。

庶民に密着した業務を担当したのは、警察署、駐在所、交番などの警察施設が全国に網羅されていたからできたことです。


庶民に密着した警保局は人々の思想や日常生活を監視したり、また政治犯を摘発したりする政治警察の一面があったことから、戦後内務省が解体される一因になったといわれています。


理容業美容業をはじめ、浴場、クリーニング、飲食、旅館ホテル、遊興などの生活関連サービス業については、衛生部の衛生課が所管していました。これらの職業は庶民の生活に密着していたから警保局の所管になったと考えられます。


いま生活衛生業として厚生労働省は16業種を所管しています。これらの業が一斉に警保局衛生部の所管になったわけではなく、浴場などは内務省が創設される以前から、国の指導を受けていました。江戸時代から続く混浴(入れ込み湯)の習慣を改善するよう、当時の司法省から指導を受けています。遊興、旅館なども早い時期に国から指導を受けています。これらは風紀上の問題から取締りを受けていました。


理容業や美容業(当時の女髪結)は同業者による組合仲間を結び、地域の警察署、駐在所に独占営業や協定料金を認めるよう働きかけています。しかし、この組合活動は地域差があり、熱心な地域もあれば、そうでない地域もあり、また警察署、駐在所によってその対応もさまざまでした。


明治30年代ごろになると、衛生の観点から各県の警察署は組合を認め、組合の広域化やまた組合のない地域では結成を促したりします。組合を通じて業者を指導したい思惑があったように思われます。

警保局に衛生部がいつ創設されたかは不詳ですが、組合結成容認の動きから明治30年ごろと考えられます。また各県の警察本部にも同様の部署が設けられたはずです。


内務省は県令(知事)を任命するなど地方自治を掌握していました。また、各府県の警察は自治警察の面もありましたが、中央の警保局の影響は大きく、とくに中央政府と直結した警視庁(東京府)の動向を踏まえた対応をしていました。


理髪師、髪結、美容師の試験制度の導入は終戦までに33の自治体が実施するに至りますが、試験を実施する警察と組合とは持ちつもたれつの関係だったようです。組合と行政の関係は、濃淡はあるにせよ他の生活衛生業種も同様だったと考えられます。


そして戦後。

内務省は解体され、一足に独立した厚生省のほか、自治省(当時、以下同)、労働省、総務庁などが創設されます。警保局も解体され自治警察へと生まれ変わります。


警保局衛生部が所管していた生活衛生業は衛生の観点から厚生省へ移管されることになります。保健所は厚生省創設から徐々に開設され、戦後になると警察署と同じくらいにまで増え、地域に密着した行政が可能になります。理容業美容業はじめ生活衛生業は実務面では保健所が所管し、いまに続いています。


厚生労働省の本来業務とは異質の感がある生活衛生業の所管です。とくに生活サービス業は時代とともに変わるもので、四分の三世紀も同16業種というのは、実際はきちんと機能していない証左かもしれません。また生衛法(現・生活衛生関係営業の運営の適正化及び振興に関する法律)も当初の規制法から、公取委の指摘で振興法へと変遷しています。


衛生観念が広くいきわたったいまの時代、生活衛生業を所管するのは厚生労働省より経済産業省のほうがふさわしい。経営規模の大きい生活衛生業事業者は経産省、小規模零細事業者は中小企業庁で対応できるはずです。業界振興の面では厚生労働省より一歩長けているからです。


厚生労働省で異質に感じられる部署に地方厚生局に設置されている麻薬取締部があります。捜査権のある部署なのはむかしの警保局の名残りかもしれません。この麻薬取締部も生活衛生業と同じように戦後、厚生省に移管された部署です。


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