昭和の美容室は儲かっていました。当時はパーマ屋さんと呼ばれることが多かった。
以前、髪亭の存在について紹介したことがありますが、この髪亭、自分の稼ぎが奥さんの稼ぎと比べ、あまりに見劣りすることから、労働意欲を喪失し、奥さんに食べさせてもらうことにした亭主です。
奥さんを働かせるのでは「髪結の亭主」になってしまいますが、あくまでも食べさせてもらう亭主のことで、主体は奥さんです。美容業界、その中の業界ジャーナルといわれる人たちだけに通じる、ごく狭い隠語だったかもしれませんが、仲間内ではよく使われていました。
美容業界の宴会などで、経営者の奥さんの代理で出席された髪亭さんと何回か同席する機会があり、雑談させてもらいました。やはり奥さんにはそれなりに気を使っていらっしゃる。髪亭さんは奥さんの仕事を手伝う人もいれば、奥さん公認で稽古ごとに励む人もいました。
美容室の経理をしたり、店の清掃をしたり、スタッフの面倒見たり、また美容の組合行事に参加したりといった具合です。稽古ごとでそこそこ名を成した人もいました。
そんな髪亭さんは、ジャーナル仲間では羨ましい存在でもありました。
そういえばある宴席で隣席した髪亭さんから、ドリンクを貰ったことがありました。常備薬のようなドリンクだと言っていました。ラベルには「赤まむし・・・」とありました。まだバイアグラのない時代、髪亭さんもそれなりに大変だった?
サラリーマンの亭主が労働意欲をなくすほど稼ぎがあったのが昭和の美容室でした。
0 件のコメント:
コメントを投稿
注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。