理容店にとっても美容室にとっても昭和の時代はいい時代でした。小さいながら一国一城の主として、店を経営し、そこそこの生活を送っていました。
昭和の時代といっても戦後です。
仕事が順調な店主は、高級外車に乗り、別荘を持ち、ゴルフ好きな店主は名門のゴルフ会員権を所有していました。従業員を連れて毎年のように海外に研修と称して旅行にいってました。ざっくりと当時の上場企業の役員クラスと同程度クラスを稼いでいたのではないでしょうか?
昭和の時代、理美容業は稼げました。いまほど店舗数が多くなかったのが背景にあるのと、理容は総合調髪、美容はパーマネントがメインメニューで、料金も高料金で安定していました。
しかし、それだけではありません。
たいていの店は何人かの従業員を雇っていました。そう遠くない場所に支店を構える経営者もいました。従業員はいまと比べて安く雇用できました。いまでも零細な個人店では従業員の社会保険加入をしない店がありますが、むかしは社会保険とは無縁な仕事でした。理美容業に限らず零細個人店は同様でした。しかし、さすがに令和のいまは社会保険に加入しない店は敬遠されてしまいます。
給与も安価でした。とくにインターン制度のあった昭和の時代は技術習得の修行の名目で小遣い程度の給与で済ませていた店がありました。店主宅に住み込みで働いたり、規模の大きな店では従業員が共同で利用する宿泊施設を作ったり、アパートを借り切る店もありました。徒弟制度の因習が残っていたのが理美容業界といえます。
技術に秀でた店主だと、親も喜んで子供を修業にださせることが少なくありませんでした。技術のある店主が経営する店には黙っていても従業員が集まってくる、そんな時代でした。
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