『髪結床から理髪所になっても、変わらぬ浮世床』に掲載したイラストは、明治15年に来日し、風刺画を描いたジョルジュ・フェルディナン・ビゴーの作品です。
清水勲さん(帝京平成大学教授)の『ビゴーが見た明治職業事情』(講談社学術文庫)より採録させていただきました。清水さんは同書のほか『ビゴーが見た日本人』『ビゴーが見た明治ニッポン』などの著作があり、ビゴー研究者として知られています。
このビゴーが見たシリーズで清水さんはビゴーの漫画や銅版画を紹介しつつ、当時の政治、経済、世相、風俗、人々の生活などを解説して、明治期の社会を知るのに役立ちます。
掲載のイラスト(漫画)は、「下流の中層」をテーマに描いた一連の作品のなかの一つで、「床屋(洋式理髪店)」の小見出しがつけられています。清水さんは「液体をかけて髪を洗っている洋式理髪店風景」と説明しています。シャンプーとしないで液体としているところがミソです。
このイラストは明治16年に出版された『おはよ』に収められています。ビゴーが来日したのは明治15年ですから、明治15年か16年に描かれたものです。
当時の町中の西洋理髪店を取材して描いたものと推測されます。技術者は素足に草履です。白衣らしき上着を着て、客に何やら液体を塗布しています。客の頭がボサボサンなのは当たり前にしても、技術者の頭も負けず劣らずボサボサです。紺屋の白袴の譬えを絵にかいたようです。
客に噴霧している液体は、髪を洗うためと、清水さんは説明しています。当時はまだシャンプーは町なかの理髪店では使用していません。石鹸が普及するのは明治の後期になってからです。富裕層の客を相手にする高級理髪店では、欧米から舶来のシャンプーを輸入していたか可能性はありますが、町なかの理髪店には縁のない代物です。
では噴霧している液体は何なんでしょうか? 考えられるのはクセ直しの液です。髪が乾燥しているとカットしずらい。カットした毛が飛び散るなどの不都合があります。それを避けるために髪の毛を濡らす液です。容器のなかみは水と考えるのが妥当です。
『髪結床から理髪所になっても、変わらぬ浮世床』
https://kamiyoroku.blogspot.com/2022/04/blog-post_12.html
ジョルジュ・フェルディナン・ビゴー
(Georges Ferdinand Bigot)1860-1957
1860:仏・パリ生まれ
1882(明治15年):来日、21歳
1882-1884:絵画講師(お雇い外国人)。退任後、寄稿活動
1887:『トバエ』創刊-1889休刊、麹町二番町、向島などに居住
1889:京都に居住(半年ほど)、その後、検見川村稲毛(現・千葉市稲毛区)に居住
1894:佐野マスと結婚、日清戦争に従軍
1899(明治32年):帰国(39歳、マスとは離婚)。日本滞在は17年間
日本では有名ですが本国では無名な外国人といえば、マッカーサー元帥とペリー提督が双璧ですが、両雄ほどではないにしろビゴーも本国では無名な絵描きでした。
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